アメリカのジョン・F・ケネディ大統領が生きていたころ、
日本人記者団から質問されました。
『 あなたがもっとも尊敬する日本人はだれですか? 』
と質問された。
『 ウエスギヨウザン です。 』と大統領は答えた。
ところが残念なことに日本人の記者団の方が上杉鷹山という人物を知らず、
「 ウエスギヨウザンって誰だ?? 」 と
互いに聞きあったというエピソードが残っています。
上杉鷹山(うえすぎようざん)は、
J・F・ケネディ元アメリカ大統領やビル・クリントン元大統領に
「もっとも尊敬する日本人政治家」と言われた
江戸時代の米沢藩主(現:山形県米沢市)です。
『 なせばなる、なさねばならぬ、なにごとも。成さぬは人の為さぬなりけり。 』 という
有名な句を残した人物といったほうが愛着が沸くかもしれませんね。
米沢藩9代藩主。
上杉謙信の10代目の子孫に当たる。
破産状態にあった上杉家米沢藩を見事に立て直した人物です。
上杉家は名門であり、謙信公以来の家なので、
なにごとも形式を重んじて、その形式には多額の出費がともないました。
謙信公のときに比べれば20分の1に藩の収入は減っているにもかかわらず、
人員整理をまったく行ってこなかった藩でした。
上杉鷹山が相続したときには、
藩士の給与だけで 藩収入の90% も占めていたといわれています。
だから鷹山の先代はネをあげて、 『 大名を幕府に返上しよう。 』 と決意した。
その上杉家を 17歳の若さ で引継ぎ、
みごとに藩政を立て直してしまったのが、この上杉鷹山です。
しかも他家から上杉家に養子として来たのです。
他にもいろいろと難しいしがらみがたくさんあったはずです。
鷹山の改革は、改革を妨げる壁は3つあることをまず示しました。
・ 制度の壁
・ 物理的な壁
・ 意識(心)の壁
改革とは3つの壁を壊すことと、
まず告げたことから鷹山の改革ははじまります。
特に壊さなければならないのは心の壁であることを強調します。
このために、
・ 情報はすべて共有する
・ 職場での討論を活発にする
・ その合意を尊重する
・ 現場を重視する
・ 職場に愛と信念を回復させる
このころの幕府や他藩でも一様に財政難におちいっていた。
だが、領民のことを忘れ、
自分たちが富むためや、またそのために権威を取り戻すことにばかり奔走し、
部下にたいしても 「 何をやっているのだ 」 と責めたてるだけ。
鷹山はその逆をしたのです。
彼の改革の根底には藩や領民への限りない愛情があった。
鷹山の哲学を示す言葉が残っています。
『 やる気のある者は自分の胸に火をつけよ。そして、身近な職場でその火を他へ移せ。 』
3月11日、マグニチュード 9.0 を記録する
日本の歴史上最大といっても過言ではない未曾有の大地震、
大津波が東北地方太平洋沖で発生しました。
今、日本と日本国民は本当にひとつとなり
この国難に立ち向かわなければなりません。
この国難の中、指導力を発揮しようとする政治家や企業経営者の姿をみていて
フッと感じたのが、この鷹山の言葉と政治指針でした。
このようなときだからこそ、冷静に歴史にならうことが大切な気がするのです。
兄貴分
つい先日、久しぶりに大学時代の友人と食事をした。 大学時代に共に商売して、私の兄貴分だ。 彼は経営者